日記・コラム・つぶやき

副都心線

今日、仕事で某所に訪問した帰り、初めて副都心線に乗ってみました。
乗車区間は「明治神宮前」~「池袋」でしたが、同区間の山手線と比べると格段に空いていました。happy01

駅の発車メロディは明るい感じで、なかなかにプリティな感じです。confident

全線開通すれば、埼玉県西部と横浜地区が直結となります。既につながっている新木場までの有楽町線も含めると、飯能や川越と、浦安や横浜が一直線となります。

便利になる反面、各路線とも長距離の乗り入れが進み、わずかなトラブルが大きな混乱につながっている現実。despair
「どこだそれ?」といった駅の事故で、近県各地で起きる大混乱。bearing
これって、どうなんでしょうねぇ

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幸せは・・・

「幸せは経験するものではなくて、あとで思い出してそれと気づくものだ」

“巴里のアメリカ人”などで知られる、アメリカの作曲家オスカー・レバントの言葉です。

今日は日差しを浴びると暑いものの、風はひんやりとしていて気持ちの良い日です。happy01
23区の住宅密集地にある戸建てではありますが、窓から見える風景の8割は青空です。sun
窓を開けていると、涼しい風が抜けていきます。
近くの大木の葉が、風にそよいでいる姿が眺められます。
ヒヨドリの声が響いています。

贅沢を言えばきりがないけれど、貯金も財産もないけれど、老後の不安は大きいけれど、こんな穏やかな昼下がりを過ごせた日を、「あの頃は幸せだったんだなぁ」と振り返る日がきっと来るのでしょう。confident

おそらく期待できる寿命はあと20年。自由に動きまわれる時間は15年ぐらいでしょう。
残された日々をどう過ごすか。妻も子供も無く、財産を残す必要もない代わり、老後も自力で生活しなければならない。

折りしも「親が悪い、社会が悪い、会社が悪い」と責任転嫁甚だしい犯人による凶悪事件が相次いでいます。
「彼女がいないから人生終わった」などと言っていたら、終わっちゃった人なんて沢山います。pout
後期高齢者という語句に、“姥捨て山”かと怒る高齢者の方の年金額は、おそらく私たちの老後には手にできない額でしょう。think

モンスター○○だの、店員相手にキレる客だの、どうもお互いギスギスし過ぎではないでしょうか。weep
一方で、億単位の収入を得ている人や、税金をポケットマネーのように使う一部の役人たち。

「上見て暮らすな、下見て暮らせ」と言われた江戸時代の庶民のようではないですか。
今の世の中、庶民は一部の権力者によっていいように扱われているように思われてなりません。

なんか脈略がないなぁdespair
ちょっと心がお疲れかも・・・sad

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170円!

6月に入って、またまた上がりましたねぇ。ガソリン代!
マイカーのガソリンは節約も可能ですが、石油価格が上がるということは、あらゆる物価に影響するということ。

折りしも福田総理はアフリカへの支援を倍増することを約束したとか。これも資源をもつアフリカ各国に、中国に対抗して日本の位置づけを高める必要があったようです。

社会が進展するということは、何事によらず金がかかってしまうようです。
そうは言っても、収入が増えることは期待薄。むしろ現実は微減傾向。食糧自給率も低く、エネルギーに至ってはすべて海外依存ともいえる我が祖国。

スーパーで麺類やパンなどの棚を見ながら、心の中でつぶやきました。「ニッポン人なら米を食え!」
“国内自給率”という言葉を、真剣に考える時期ではないでしょうか。

取り敢えず我が家の屋根に乗る太陽電池君に、「頑張れ~!」とエールを送りつつ、どの国にも平等に降り注ぐ太陽エネルギーの活用を、真剣に考える必要があるのではと考えた次第であります。
Panel


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DIY盛衰

私が中学生の頃だったでしょうか。
今は“ホームセンター”のカテゴリーに入るようですが、「Do it youreself.」という言葉が流行し、街にはいくつもの所謂“日曜大工店”が開店しました。

それまで目にすることがなかった様々な工具は眺めているだけでも楽しく、小遣いを貯めてはオートマチックドライバーやら、ボックスレンチなどを買い集めたものです。confident

木材もラワンベニヤ板だけでなく、いろいろな種類の板を手頃なサイズで買うことができ、手作りを楽しむとともに、“安く上げる”目的も果たしていたと思います。

しかし、今や海外で生産される組み立て家具は材料費より安く、「手間賃考えたら買った方が断然得」という人も増えたように思います。think

そんな中、先の言葉を冠したホームセンター「○イト」が「○ンキ」の傘下に入りました。いくつかのお店は完全に「○ンキ」になり、またいくつかのお店は園芸品を扱う部分はそのままに、「○ンキ」との併合店になりました。
先日、100%「○イト」のまま残った大型店に行ったのですが、わずかの間にすっかり様変わりしていたのです。coldsweats02

そう、店名はそのままだったのですが、中身の半分が「○ンキ」だったのです。やはり同様に暫くぶりに来店したとおぼしき中年男性のつぶやき曰く「こんなんなっちゃったのかぁ。情けねぇなぁ。」

全く同感でした。think
プロの職人さんも買いに来るような様々な工具や材料は隅に押しやられ、雑貨が棚にうず高く積まれています。
しかし悲しきかな、レジには改装前よりも長い列ができていたのです。

“オタク”が市民権を得た反面、“マニア”はどんどん減少しているのでしょうか。
これも『モノづくりニッポン』の衰退の危惧と、無関係とは思えません。

出来合いのモノを組み合わせることも悪くはないと思いますが、自分の創意工夫をいかして手作りを楽しむゆとりも失いたくないものです。

かつて中学生のときの技術家庭科では、1年生では平板を使って本立てを作り、2年生では角材を使って電話台を作りました。そして3年生ではラジオを作ったものです。
つくりの精巧さを競う者、塗装に凝る者、同じ材料でもデザインに個性を出す者、皆がそれぞれ工夫して楽しんでいました。delicious

今は時数減の影響ですっかり簡素化されてしまったそうです。
中学生にもなって、ペットボトルを切った廃品利用の工作をして、何が楽しいのでしょうか。pout

折りしも学習指導要領が改訂されます。
小学生に英語を教えるのも良いでしょう。
でも理科の実験観察や、技術家庭のモノ作りといった、手先と頭脳を動かす内容を是非とも充実させて欲しいものです。

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知ってました?

実は自分も最近まで知りませんでした。coldsweats01
右にいるワンちゃんです。

カーソルを近づけたり、クリックしたり、ドラッグしてみたりしてください。

ちょっとお茶目でカワユイでしょ!lovely

時々かわいがってあげてくださいねwink

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昨夜の月

昨夜の月はとても明るかった。
なかなか寝付けず、ふと時計を見ると3時。think
窓から差し込む光りの元をたどるとfullmoon月が煌々と輝いていました。

080323moon

〔SONY TRV-900で静止画撮影〕

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桜の季節って?

買い物に行く途中、近所の民家の庭先に咲く“桜の花”を観ました。
早咲きの桜なのでしょうか、もう8分咲きという感じです。

かつて桜といえば入学式のイメージ。そう、関東地区では4月8日前後に満開となる花でした。
その後、入学式まで花が保つかという心配に変わり、卒業式が桜の季節になってしまうのではないかと笑い話になっていました。その後あっという間に「卒業式まで桜が保つのか?」となりつつあるように思います。

温暖化の影響なのでしょうか。急速に変化している気候の現状に、“年金がもらえるのか”という心配よりも先に、年取ったときにも生存できる地球環境があるのかという心配をした方がいいんじゃないか? そんな気になってしまいました。

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ウエスト・サイズ・ストーリー

あの有名な映画の話ではありません。coldsweats01
普段着用のズボンを買いに行ったんです。

一昨年前までは10年以上の間、82cmをキープしてました。happy01

昨年、すこしきつくなってきたので85cmにしました。coldsweats02
これ以上は増やさないように・・・というより元に戻したいと思っていました。

今日、お店で85cmのズボンを手に取り試着したんです。rain
えっ? あれっ? 今履いてるのだって85だぜっ!shock

結局88cmのを買って帰りました。crying  orz orz orz
何がいけなかったのだろうとbeerを飲みながら反省してます punchthunder

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レッド・サン

先日「レッド・サン」のDVDを見つけました。アランドロン,チャールズブロンソン,そして三船敏郎と,これでもかというぐらいの世界のビッグスターを据えた西部劇です。
内容についてここでは触れませんが,たしか小学校6年のとき,父親と二人で東京の映画館に観に行きました。70mmフィルムだったか,初めて大きなスクリーンのワイド画面で観た映画でした。
最近はもう西部劇は作られないようです(社会問題もあるのでしょう)が,テレビの映画でジョンウェインが出てくると「う〜ん,いいなぁ」と呟き,「どうして最近は西部劇をやらないんだ!」と文句を言っていた親父を想い出しました。

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暖冬に想う

今年の冬は特に暖かい。朝,出勤するときも「寒いな」ぐらい。
小学校は公立でしたが,低学年の頃は学区が広くて電車通学でした。駅から学校への道は,真正面に富士山が見えて,とてもきれいでした。あの頃は「うぇ〜,さっぶっ〜〜!!!」でした。(^o^)

国道でさえ未舗装部分が沢山残っていたあの頃,道中“霜柱”を踏み砕き,水たまりに張った氷を割りながら通ったなぁ。
学校の廊下には防火用水を兼ねて水を張ったバケツが。その表面も凍っていました。朝掃除のときは氷の破片を雑巾にくるみ,その冷たさに妙にはしゃいでいましたっけ。
午前の休み時間には,融けかかった霜柱の上を歩き,これでもかというぐらいの泥を靴底に張り付け,サッカーのように泥を飛ばして遊びました。でも昇降口が汚れて,先生から注意されたのもお約束でしたが (^^;)ゞ

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不二家の・・・

あれは確か不二家の製品だったとおもうのだけど,自動車の形をしたチョコレートがあったよね。少し平べったいチョコを,車の外観を印刷した銀紙でくるんであった。
そのチョコをトレーラーの形の箱に詰めたセットを,幼い頃に父親に買ってもらった記憶があるのです。多分,世田谷のどこかのお菓子屋さんで,緩い坂道の商店街。その店と周辺の風景だけは,なぜか脳裏に映像として甦るのです。

不二家さんよ。これまでどれだけ多くの子供達の,かつて子供だった大人達の,記憶の底に刻まれていることか。そんな企業は決して多くはないですよ。僭越ながら,もう一度信頼される企業として甦って欲しい。

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雨に濡れると・・・

天気の不安定な最近,晴天だからと安心していると雨に降られる。不意の雨に濡れながらふと思い出しました。
子供の頃「雨に濡れるとはげる」なんて言って,慌てて頭を拭いたっけ。あの頃は核実験が盛んに行われていて,雨と言えば「放射能」って感じでしたね。考えてみればスゴイ時代だった。
育ち盛りのころに放射能の雨。それにチクロや合成着色料の入った駄菓子。石油タンパクなんてのも食べたし,予防接種は回し打ち。
昭和30年代生まれの寿命って,どうなるのでしょう。(--#)\

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休日の朝食

日曜日の朝食。
大皿のレタスを手に取って、ドレッシングをかけてかじったな。株の部分が美味しいと、みんな狙ってたっけ。たまに父親がフレンチトーストを作ってくれた。おふくろの味はたくさんあるけれど、親父の味は唯一そのフレンチトーストかな。今にして思えば、なかなかに洒落た朝食だ。そんなところが親父らしさを感じさせる。

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木造校舎

 昭和40年代の小学校校舎。平屋の木造校舎の床は高く、廊下側の腰板はスライド式で通風バッチリでした。天井も高く、窓の外にはプラタナスの木陰が。日本建築の良さを活かしたつくりだったのではないでしょうか。夏の暑さも今よりは過ごしやすかったのではないかと思います。

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デパートの大食堂

 最近のデパートのレストラン街は、様々なテナントが軒を連ねるスタイルになっているけど、あの頃は大食堂があったよね。
 ショーウインドウのサンプルを見ながら何を食べるか決め、入り口に向かうとの食券売りのお姉さん。基本的に相席の大きなテーブルに着くと、ウエイトレスのお姉さんが片手で食券を切り、半券を残して行くんですよね。テーブルの中央にはお盆に湯飲みが重ねてあって、セルフで土瓶からお茶を注いで飲む。あの土瓶って懐かしいなぁ。
 ちなみに私の定番は“海老フライ”。いつ行っても海老フライ!(^^) 当時はおそらく輸入の養殖ものなんてなかっただろうから、天然の車海老だったのかな?今考えると随分ぜいたくだったなと思います。

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おふくろの味

 よく「肉じゃが」などの惣菜を指して言われるけれど、私はそうじゃないと思う。
 たとえば野菜の切り方であったり、味付けのしかた、料理している姿、そういうもの全てを含めて“おふくろの味”だって思うのです。

子供の頃覚えていること。
 フライパンに小麦粉と缶入りのカレー粉を入れ、しゃもじで炒めていた姿。
 おでんは蒸し器を鍋代わりに大量に作ったこと。ジャガイモを掬うときは崩さないように気をつけたっけ。
 俵型の手作りコロッケ。ほくほくして美味しかった。
 アジの唐揚げ。ちょっと苦手でノルマとして個数を決められて食べたなあ。今はうまい!と思うけど。
 何でもとにかく大皿に山盛りだった。4人家族だったけれど、食べ盛りの子供2人に働き盛りの親父。あっという間に胃袋に消えていった。今ではその半分も食べられないかな。

でも、何でも手作り主義の母親の味と、家族で囲んだ食卓の風景は、しっかりと脳裏に焼き付いている。

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わかっちゃいるけど

「やめら〜れない、あそ〜れ、スーイスイスイダララッタ、スラスラスイスイ〜」
あのころのTVといえばクレージーキャッツ。植木等さんの笑い方がとても印象に
残っています。「お呼びでない?お呼びでない。これまた・・・」ごぞんじシャボ
ン玉ホリデー。
トニー谷さんの「あなたのお名前なんて〜の?」
南利明さんの「ハヤシもあるでよ」

何でよく覚えているのでしょう。この記憶力が今もあったらどんなに良いか (^^)ゞ

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日曜日

何故か耳に残っているTVコマーシャル。
「日曜日、ニイタカドロップな〜めなめ」
「当たり前田のクラッカー」
「大きいことはいいことだ〜。森永エールチョコレート」

あとの二つは懐かし系番組でもよく取り上げられるのだけど、ニイタカドロップは聞かないなぁ。妙に覚えているのだけど。

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街頭テレビ

あれはまだ小学校低学年の頃のこと。
 近所の公団住宅の児童公園に、街頭テレビがありました。白黒テレビはそこそこ普及していましたが、公園にあるのはカラーテレビ。夕方、「ひょっこりひょうたん島」の時間になると、係のおじさんが淡いブルーグリーンのスチール製筐体の扉を開けてくれました。
 覚えているのはその時間帯だけなのですが、他の番組も見せていたのかなぁ。多分プロレスなんかはやっていたのだろうけど。

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はじめに

昭和30年代半ばに生まれた私。先日、本屋で「懐かしの風景」写真集を発見。ふと手に取ってみると、写真の撮影年が昭和55年。えっ!55年? 1955年じゃないですよ。昭和55年て、就職活動(今の学生は就活というらしい)に励んでいたときではないか。まあ考えてみれば四半世紀経ってますからねぇ。
 昭和30年代をモチーフにしたショッピングモールなども増えつつあるようですが、リアルに子供時代を送った世代としては「チト違うなあ」 ってなわけで、徒然なるままに昭和の想い出を書いていきたいと思います。

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